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韓国での生活、育児、仕事などの日常


by sarahnok23
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娘の幼稚園生活スタート

娘がこの3月から幼稚園に入園した。(韓国の年度は3月から始まる)

今までは、オリニチプといって直訳すると「子どもの家」という日本で言うところの、小さな認可保育園といったようなところに通っていたのだけれど、そこは、0歳から満3歳児までの施設であったため、同じく年少から通える保育園、または幼稚園を探す必要があった。

私自身、子どもの教育には関心はあるものの、自分の都合も優先的に考えるため、

*ある程度評判がよく、子どもたちが楽しく通えるところ
*徒歩で通えるところ
そこそこ、お勉強に力を入れているところ

この3つを条件にし、結局何を重視したかというと、一番近いところが後々らくだという点で近所の私立幼稚園に入ることに。

そんな理由で決めたものの、市内では人気の幼稚園。募集人数に対して応募数はもちろん上回り、抽選となった。
今通えているということは、もちろん、無事に当選して入園資格を得たのだけれど・・・。


日本の幼稚園については、私も良くわからないのだけれど、自分が子どものころとは比べ物にならないほど、教育やさまざまな体験学習が充実しており、まだ始まったばかりではあるものの、今のところ、ここにして良かったと思う。ご近所の顔見知りの子も(娘よりひとつ上)、引越しを考えていたけれど、幼稚園がとても気に入っているという理由で、今住んでいるところにとどまることにしたという。 兄弟で通わせている娘の友達のママも、非常に満足しているといっていた。

保護者からの評判もよく、実際に通っている娘もとても楽しんでいるので、とりあえず、幼稚園選びはうまくいったといえる。
ここに通い始めてから、たくさんの新しい歌を覚えては披露してくれる。
初めての英語の授業で習ったフレーズを一生懸命練習している。
先生の物まねをしながら教室での風景を再現してくれる。

これだけで、娘が楽しみながら色々なことを吸収しているのがわかる。

幼稚園入園までは、娘の日本語と韓国とは、どちらかといえば日本語のほうが流暢、かつ語彙も多い印象だった。
幼稚園に通い始めてからは、新しい歌や、教育的な部分の影響からなのか、たったの1ヶ月で語彙力や表現力がぐっと上がった印象だ。其のせいなのか、私と普段話す日本語の中に、韓国の単語が再び混ざり始めた。というのも、日本語で話しながら、説明したい、伝えたい単語が韓国でしかわからない場合は、そこにポツンと韓国語が入ってきていてのは、今までも何度もあったのだけれど(その逆然り)、最近は、韓国語の語彙がアップしたからか、日本語で知らない単語、または、日本語では表現できないような言い回しで伝えたいときは、日本語の文章の流れの中に韓国語が入る割合が増えてきている。 その場で、日本語での単語を教えてあげると、理解し覚えられる点も子どものスポンジのような吸収力あってこそ。 こうやって、混ざってしまう韓国語と日本語をうまく使い分けられるようになるには、親である私が、どちらの言葉もしっかり理解して、娘の言わんとしていることを察することが重要なのではないかと、最近、強く感じるようになってきた。

娘の言語も含めて、教育にはとても関心はあるけれど、回りに影響されすぎず、娘にとって最高の環境を提供するための親としてのサポートについて、もっと勉強していきたい。





# by sarahnok23 | 2019-03-28 11:08 | ★幼稚園★ | Comments(0)
近藤麻理恵さんの片付け術、アメリカでとても有名らしいことを何カ月か前に知った。
面白くて全シーズン一気見して大好きだったアメリカのドラマにも彼女のことがちょっとしたワンシーンにセリフで登場していたのが驚き。

Konmari ってそのまま動詞で使われるほどの浸透っぷり。I konmaried my pantry yesterday こんな風に使えるらしい。

こんまりさんのトキメキはspark joyと訳され、それはそれで、インパクトもあってなかなかステキな響き。 

まだ日本に住んでいた頃、電車の中吊り広告か何かで見て、その場でキンドル版を買って読んだことがあった。当時は、とにかく忙しくて、通勤途中の移動が情報をゆっくり得ることのできる唯一の時間だったので、気になるものはその場で手に入れることを好んでしていた。

さて、その当時読んだこんまり先生の片付け方式についての感想は、私向きではないなと。
トキメクかどうかで手元に残すかを決めるその方式がくすぐったくて、そして、いつもニコニコ、ポジティブの塊のように移るこんまり先生のオーラにちょっと引いてしまっていた。 

もう、今から10年くらい前のことだけれど、ある有名なマルチ商法にハマっている元同僚にそうとは知らずに連れていかれた、ボスねずみのお宅でその会社の製品を使って作った料理を振舞われたことがあった。 料理も美味しく、その道具(製品)もさぞかし質の良いものなんだろうけれど、元同僚が騙すかのようにここへ私を連れて来たことに腹が立っていたので、拒否感以外のなにも湧かず、でも、失礼のないよう、1回目のご招待は考えてみると濁してお暇した。

その時のボスねずみの異常なほどのポジティブさが、その当時、転職活動に行き詰まり、この先に不安しかなった私は引いてしまった。 もしかすると、そんな精神状態だとうまく取り込められてしまう人も多いのかもしれないけれど、私は真逆で、とにかく、目をギラギラさせて、発する言葉全てがポジティ過ぎて気持ち悪かった。

そのトラウマからか、こんまり先生の明るさ、ポジティブな言葉は、あの時のボスねずみを彷彿させたのかもしれない。 

人間、ちょっとくらい、影があったり、ブラックな感情があった方が、厚みがあって、親しみやすいと思うのは私だけだろうか。 もちろん、6:4くらい、いや、7:3くらいで、ポジティブな比率が多い方がいいとは思うけど、全力でポジティブだと、この人本当に人の悩みとか分かってるの?と疑いたくなる。

さておき、こんまり先生の第一印象はあまり良いものではなかったけれど、少し心の余裕ができた今は、こんまり方式で家の中をすっきりさせて見ようという気持ちになった。

そんなわけで、昨夜、思い立って私の服から実行。

韓国へ来て、娘が産まれてから、所有していた半分くらいの衣類を処分した。

それでも、増えて、行き場がなくなり、クローゼットもタンスも詰め込み過ぎて、表面の服しか着なくなっていた。

結局着ている服は、今、快適だと思うものを着まわしているだけ。 

リビングに一杯になった服を1つずつ吟味して分けていく。そこに、トキメキがあるから別として、私が勝手に基準を決めて選択

●サイズが合うかどうか
●傷んでいないか
●それを着て出かけられるか
●気分が上がるかどうか 

あれ?けっきょく、最後の項目がトキメキっていうことで、他はトキメキのための条件なのかも!?  こんまり先生に一本取られた感あり 笑

おかげで、長年、高価で気に入っていたから手放せなかったものも、今の自分にはしっくりこないから、以下の分類で処分することに。

●貰い手がなく、リサイクルでも引き取ってもらえなさそうなもの → マンションにあるリサイクル回収ボックスへ
●コート、ジャケットなど質の悪くないもの 
→ アルムタウンカゲ (韓国のリサイクルショップ。買取制度なし。引き取りは無償、年末調整の時にカウントされる)
●ユニクロ  店舗のリサイクルボックスへ

●サイズと好みが変わっただけで、大切だったもの
→ 私よりスリムで、身長はあまり変わらない妹に写真を送り選んでもらい、次の帰国時に持って行くことに。


そんな感じで、ゴミ箱行きは取り敢えずなく、エコに処分できた。


結果、私のワードローブはタンス三段分と、ハンガーラック1つ分くらいの量まで縮小された。最初から、分類対象にしていなかった、現役のコートやダウンは別として。



次は、娘の衣類。これが、なかなか大変になりそうな予感。

もうサイズアウトしているけれど、すごく可愛くて、もしかしたら2人目の時に、なんて思うものの、2人目の予定は今のところ未定で、仮にあったとしても女の子とは限らない。そんなこんなしていると、私の服よりはるかに多くなってしまった、ベビー服たち。 さて、どうしようかな。






# by sarahnok23 | 2019-02-24 01:26 | Comments(2)

結婚と料理

韓国生活において、約5年前にこちらへ来た当初、とても不便だなと思っていたこと。それは、独身、一人暮らし、会社勤めをしていた私にはなくてはならないものだった便利な日本のインスタントやレトルト、冷凍食品、そしてコンビニの美味しいお弁当など、 食に関する部分の便利さが韓国へ来たと同時になくなったこと。

つい数日前まで日本でひとり悠々と暮らしていたわたしが、飛行機で2時間ほどの韓国に降り立った瞬間に肩書きが主婦に変わった。 さっそく、韓国のスーパーに行き、食材や日用品の買い出しに出かけたときの印象は、物価が高すぎること。 確かに、量が日本と比べて多いので、一品目あたりの価格は高くなるのだけれど、それを考慮しても高いと感じるほどだった。おまけに、便利で安いイメージだった便利なレトルト関連もあるにはあるが、種類も少なく、オマケに割高で、特別美味しそうにも見えないものばかりだった。

一度、日本のメーカーのカレールウを発見し、かなり割高ではあったけれど、カレーが大好きな私は思い切って購入(確か、一箱500円近い値段だった) しかし、作ってみると、日本で買うカレールウと色味も違い、味もイマイチ。パッケージは完全に輸出用で英語で書かれているものに、ハングルで書かれたの成分表示をシールでその上から貼っていた。 

これから、韓国での食をどうしたものかと真剣に悩んだスタートとなったのだ。

5年近く経ったいま、食はどうしているかというと、相変わらず料理は苦手、というよりも嫌い。でも、娘もいるし、家族の食を考えると、なんとか作るしかない。レパートリーもそれほど増えないけれど、明らかに変わった点といえば、日本では簡単に作れるレトルト系のものに頼っていたけれど、どうしても食べたくて、でも手に入らないものは、自分で一から作るようになった。

例えば、麻婆豆腐。日本では、水と豆腐さえ準備すれば簡単に作れたけれど、こちらでは、豆板醤などを使って最初から手作り。 

パスタもミートソースはトマトから作る。

料理が好きな人ならきっと当たり前のことを韓国に来てからするようになった。

それでも相変わらず料理は好きではない。


東京時代の会社の後輩に昨年末に久々に会ったときの言葉が印象的だった。

私は結婚して子どももいるけど料理が嫌いでできればしたくないと言った。

「結婚したら料理を好きにならなきゃいけないのかなって思っていたんですけど、オンニ(彼女は私のことをそう呼ぶ)のその言葉聞いて少し安心しました」

私を模範にする必要もないし、敢えて料理を放棄するのも健康を考えるとあまりよろしくないけれど、結婚したらこうあるべきという世間一般の、ひと昔前の、枠にはまらなくても良いのだと、その後輩は安心した様子だった。

結婚したからと言って、自分を無理に帰る必要はなくて、自然と変化して行くのが理想だと私は思う。結婚に限らず、人に変化を押し付けられるのと、自分から必要に応じて変わって行くのとでは、結果が同じであっても気持ちが違う。


そんな韓国生活5年目。

もう少し料理を好きになれると本当は良いのだけど。

夫が料理に興味を持ち始め、色々作ることが趣味になって来ているので、やっぱり私は今のままで無理しないことにした。





# by sarahnok23 | 2019-02-21 09:08 | Comments(0)

雪の日

今年の韓国は去年に比べると暖かい。

寒波が来るとマイナス20度近い気温になり、水道管の破裂や凍結の被害が増える。この気温は北国出身の私もあまり体感したことがなく、おまけに雪がほとんど降らない乾燥した冬は本当に寒い。昨年はそんな日が2月の半分くらいを占めたほど寒かったのだ。

そんな今年は、年末に一度寒波で寒くなった程度で、年明けからは耐えられる寒さ程度で過ごせている。 おそらくこのまま、少しずつ春が来るのではないかと。


今日は雪。

水を多く含んだ雪なので、べちゃっとしていて、地面も溶けかかったかき氷のよう。 娘はまだ3歳なので、雪1つとっても新鮮で楽しくうつるらしく、保育園への道のり5分のところ、何倍もの時間をかけて到着。それを見越して家を出たものの、雪は嫌いな私には苦痛でしかなかった。唯一、娘の楽しんでいる姿をみて我慢できていた。 

雪国で育った私は、本当に嫌という程に雪と関わってきたので、降らないに越したことはないと思っている。そんなんだから、転職と同時に首都圏へ移り住んでからは、雪に悩まされることはほとんどなく、真冬でもスニーカーやパンプスを履くことのできる気候を心から楽しんだ。韓国の冬も、寒い北国の雪に比べれば、冬の期間も随分と短く、耐えられるものではあるが、大気汚染はここ数年深刻で、この地にこのまま住み続けるか否かを考えさせる要因にははっている。

とはいえ、雪の日は空気が清としていて、どこか懐かしい気持ちになるのは、幼少期を雪国で過ごしてきたからなんだとおもった。



# by sarahnok23 | 2019-02-19 05:40 | Comments(0)
どうしても外国にいると、日本にいた頃の自分と同じように動けなくてもどかしいことがある。

その1つが、職の選択肢だと思う。
専門職でなければ、ある程度の機会はあるけれど、育児をしていて、韓国語にも不自由があれば、当然のことなのかもしれない。

そういった中でも、外国人として(日本人として)活かせることとして一番に思いつくのは、日本語を教える仕事。

そして、日本人向けの子どもの教育関連。

実は私もその2つに興味を持ったことがあったのだけれど、5年間の韓国生活で経験してみて、それは自分には向いていないことに気がついた。

まずは、日本語教師。

機会があって、知り合いの方からの紹介で、日本就職へ向けての面接の練習と履歴書のチェック、そしてフリートーキングの家庭教師をしたことがあった。
生徒さんは、別で学校に通いながら、日本語と専門的な分野の勉強もしていたようで、かなり努力をしていたし、それを応援しながら日本語をサポートするのもそれなりにやり甲斐もあった。

しかしながら、私が今まで経験してきた業界とは全く異なり、ある程度自分主体で物事を進められる仕事とは異なり、生徒さんのレベルや意向に沿うことを求められ、どんなに頑張っても、相性だったり、実際に勉強している本人のやる気によって結果が左右されることが大きくて、自分のやりがいにあまり繋がらなかった。もちろん、これはあくまでも私の個人的な考え方だけれど。
私は、人に教えるより、自分が学ぶ立場でそれを生かして成長させたいタイプの人間らしいことに気づいた。
韓国で外国語の先生はなかなか割りのいいアルバイトで、この個人レッスンも経験ゼロの私には破格の報酬だった。
でも、もうやらないと思う。

そして、子どもの教育。
ここには、子どもの日本語教育も含まれている。
娘の成長とともに、日本語や韓国語、その他の教育ひ関心が高くなったので、これを専門に勉強することも面白いのではないかと思ったことがあった。低月齢の頃から、ベビーマッサージやら五感を刺激するレッスンに通ったりもしたのは、娘のためでもあり、私の気晴らしのためでもあった。 やはり、娘が反応して喜んだり、成長して行く過程は興味深くて面白いものがあった。 しかしながら、成長して行く過程で、興味がなくなったものがある。それは、今の娘より小さい子のための教育だ。 つまり、私が興味を持っていたのは、用事の教育全般ではなくて、今の娘、完全に親としての目線での教育だったのだ。 冷たい言い方をしてしまうと、自分の子以外の教育には興味がないということ。

結局、この2つを軽く経験してみて気づいたことは、自分に先生という仕事は向いていない、いや、好きではないということだった。

そう言えば、会社でも、OJTなんかで教えてもらうのは良くても、教える立場になるとなんだかやりにくかった記憶がある。



韓国でやりたいことを見つける旅にまた出かけなくてはならないようだ。

# by sarahnok23 | 2019-02-01 07:08 | Comments(0)