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韓国での生活、育児、仕事などの日常


by sarahnok23
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先日観てきた映画『82年生まれ、キム・ジヨン』 
実は原作は読んでおらず、ネットでレビューを何件かサクッと読んだ程度だった。

主人公は82年生まれの韓国人女性。
結婚後、出産に伴い勤めていた会社を辞め、専業主婦。娘1人。時々、別人が憑依したかのような言動をすることに夫だけが気付づいていながら、妻には本当のことは言えずに、ただ、精神科の受診をそれとなく勧める。
ざっくり、これが出だし。

この映画、物語に大きな波があるわけでもなく、いち韓国人女性の日常を切り取ったような描写が多く、だから尚更、共感できる部分がいたるところに散りばめられている感じだった。この作品(小説、映画ともに)の社会的な影響などについて書かれている記事を多く目にするけれど、私はただただ純粋に、今の自分や身近な人たちのことと照らし合わせながら観ていた。

私は韓国に住んでいる外国人ではあるけれど、結婚した相手が韓国人で韓国に住んでいるからこそ共感できる部分もとても多かった。そんな共感できる映画のシーンと我が家をちょっと比較してみたいと思う。


名節(韓国の旧正月、旧盆)に夫の実家へ行って沢山の料理を準備するのは女性で、実際の儀式(茶礼 チャレ)は男性がする。女性はその様子をキッチンから見ている姿。

私の場合は、夫の祖父母が高齢ではありながら健在であり、義父が男兄弟が多く、祖父母から見た私たち孫世代ではなく、嫁の立場の女性たちが中心になって料理の準備などをしている。私たちや夫の従兄弟のお嫁さんはチャレなどの儀式が終わってから顔を出す程度。家族の事情はさまざまだけれど、うちの場合、祖父母以外は皆、色々な影響を受けキリスト教に改宗しており、そもそも、名節の茶礼という儀式自体、キリスト教としては行わないものなので、あくまでも、祖父母の意向を尊重して行なっている。この件で、本家の叔父と祖父母が揉めたことも昔にあったと夫から聞いたけれど、祖父母が元気なうちは希望通り茶礼を行うようになったという。 そういう訳なので、私たち孫の世代に手伝うことはなく、私の義母も孫である私の娘にこの儀式に参加させる意味がないとして、毎回、茶礼が終わってからに祖父母の家に来るように言われている。

映画に出てくる名節のシーンは、主人公家族とその夫の両親、嫁ぎ先での嫁仕事が終わって実家に顔を出しに来た妹一家のみ。実際は、夫側に男兄弟がいればその家族、義父に男兄弟がいればその家族など、映画に出てくる以上の人数が本家に集まることの方が多いだろう。食事の時間のたびに、女性たちは集まった人数分の食事を用意し、食器を洗い、来客があれば果物を剥いたりするのも大体は全て女性が行なう姿も韓国人ならほとんどの人が見たことがあるんじゃないかと思う。

しかしながら、最近は、義父母の世代にキリスト教、カトリック教も多いため、この名節の茶礼の儀式を行わない家庭も増えているし、自分たちの世代は大変だったからと簡単に済ませて嫁の負担を考慮してくれる家庭も多いと聞く。家庭によっても地域によっても違いがあり、この限りではないけれど、映画のこの名節のシーンは典型的な韓国の嫁仕事の縮小版といった感じに映った。


我が家の場合、映画に出てくるほどではないけれど、義実家に行くとなんとなく、直接言われたことなんてないけれど、私がここで一番身分が低いと感じることがある。 それは、嫁という立場であること、私の場合は外国人であること、今でこそ仕事をしているものの無職だったころは主婦ということ、とにかく、言葉では説明できない自分の立場を義実家にいくと思い知らされ、劣等感を抱いていた。それでも、娘が生まれ、育児に慣れ、その後仕事にも恵まれ、今年は葛藤の末、2人目を授かり何に変えてでも守りたいと思える大切な存在が増えたことで、随分と私自身強くなったと思う。

なんだか、暗くなってしまったけど、この映画では主人公の夫の存在がすごく大きくて、いつも妻の味方でいてくれるので、登場するたびにそのシーンがもどかしくて、でも温かくてジーンとくる(しかも、俳優はコン・ユ!)

外見はコン•ユとは天と地の差ほどだし、不器用極まりないけれど、私の夫もどんなことがあっても、全力で私の味方でいてくれる。そのせいで、夫と義両親がケンカになってしまったこともあったほど(私の不在時)。義母にとっては、大切に育ててきた1人息子が、100%嫁の味方であることを知ってきっと面白くなかっただろうと思う。それでも、何度か衝突していく中で「ああ、この子(息子)はもう自分の守るべき家族を持ったんだな」と少しずつ受け入れてくれているようにも感じる。実際は感謝すべきこともたくさんあるし、心底憎いとかそんなんじゃないから、今よりももっと上手く付き合っていけるようにはなりたい。

主人公のジヨンはその後、義両親(特に義母)と上手く付き合っいるのだろうか。気になるところ。

シデク(義実家)のことについてばかり触れたけれど、実際はそこだけではなくて、社会的にみた女性や母親の立場についても描かれている。だからか、心が痛くなるシーンがいくつもあって私は終始涙腺崩壊状態だった。

いろんな見方があると思うけれど「82年生まれ、キム•ジヨン」見て損はないので機会があればぜひ。

原作も取り寄せて早速読み始めたので、読み終わって何か感じることなどがあればまたここに記録したいと思う。

久々の映画。 産後はまたしばらく行けなくなると思うので、そういう意味でも見に行ってよかった〜。






# by sarahnok23 | 2019-11-16 23:22 | ★映画・本など★ | Comments(2)

安静の土曜日

東京行きが中止となり、本来なら今頃はすでに韓国へ戻る飛行機の中。

昨日は夫が有休を取り、娘の送り迎えなど含め私の代わりを一日やってくれることになっていた。私が日本へ行かなくなったけれど、有休はそのまま使い、予定通り娘のお世話と家のことをやってもらった。

家で日常生活をすることは問題なく、重いものを持ったり、運動はダメだけど、お腹が張ったら横になどと意識すれば大丈夫とのこと。また、お腹が痛くなったり、ちょっとおかしいなと思ったら病院へ来るように言われている。

あらためて自分のお腹に意識を向けると、気付いていなかっただけで、お腹が割と張りやすいことに気がついて、体調の良い安定期だからと自分の体を過信していたことに反省。

今日は一日家にいたのだけれど、お腹がたまに張る程度で、他はいつも通りなので、家でじっとしているのがもどかしくてついつい動いてしまう。でも、また入院の危機は避けたいし、なによりもお腹の赤ちゃんに何かあったら大変なので、ここは我慢してゆっくり過ごすしかない。 なので、先日の帰国で買ってきたiPadを使ってネットショッピング。Amazonで本をカートに入れたり(まだ送料無料よ冊数に満たないので未購入)韓国のマタニティウェアのサイトをチェックしたりしてやり過ごした。

運動量が激減したのに、食事は少し減らしつつもちゃんとっているから、肥える要素しかないのが気になる。安静のために仕方ないとはいえ、運動もできず、ただただ増えていく体重に落ち込みそうにもなる。いやいや、とりあえずまた来週に病院で見てもうまではしっかりと休もう。今はそういう時期、休む時期だと割り切らなければ。


東京も秋晴れの良い天気が続いているようで、もしも予定通り行っていたら、気持ちよかっただろうなぁ。







# by sarahnok23 | 2019-11-09 22:30 | ★妊婦生活 第二子★ | Comments(0)

出張中止

今日は東京出張。前日は朝から準備も含めて予定をしっかり立てていたのに、まさかの直前の出張キャンセルとなってしまった。

朝 娘登園
ちょっと仕事
11時ころから病院
1時から マタニティヨガ
2時半 娘お迎え、からの美術のお稽古
4時頃 公園遊び
その後は、娘のお世話と夕飯などなどでいつも通りに1日を締めくくり早めに就寝予定。

しかしながら、念のためにと行った産院でまさかのドクターストップ。1週間前に検診に来たばかりで、今日はどうしたのかと聞かれたので「明日、飛行機に乗る予定で念のためにチェックしてもらいたくて。それから、最近歩くとお腹が張りやすくて、お腹の下の方がちょっと痛い気がするんです」 
そう伝えると、すぐにNST(ノンストレステスト)しましょう、結果を見てからですね、と。

NSTという言葉は、病院のスタッフ間、医師や看護師同士の間では使われているのを聞いたけれど、韓国ではどうやら대동검사(胎動検査)と言うのが一般的らしい。お腹に丸い装置のついたベルトを軽く巻いて、お腹の収縮具合や胎児の心音の波線を確認するもので、今回は胎児の心音ではなく、子宮収縮のチェックをする方の装置をつけての検査。

結果を見た先生。
飛行機は絶対ダメ!見てこれ、陣痛のように規則的な収縮があるでしょう。とりあえず、張りを抑える薬(点滴)を打って、また検査します。結果が変わらなければ入院もあり得ます。

病院へ来る前は、確かに張りはあるし、歩くとしんどいなとは思っていたけれど、張った時のお腹の固さはそれほどでもなかったからきっと大丈夫だって過信していた。それでも、テストを受けているときに、自分でも感じるような規則的な張りと子宮がキューッとする軽い痛みがあったので、もしかすると大丈夫ではないかもと思い始めていたので、医師の言葉にショックではあったものの、やっぱりという感想。

点滴は2時間弱あり、確実に娘のお迎えが間に合わないことが決定し、美術のお稽古を一緒に受けているママさんにお願いして一緒に連れて行ってもらうことに。 そして、点滴後に再度のNSTテスト。1回目よりはましだけど、収縮がまだある。これは入院だね〜と先生。一気に血の気が引く私。それでも、さっきよりはお腹の痛みは無くなりましたと話し、もう一度投薬してNTSの結果を見ましょうということに。それでもダメなら入院ですと。さらに2時間弱。検査が終わるころには4時すぎていた。

頭の中をよぎったのは、帰宅してから片付けようと思っていた散乱した我が家。取り込んだ洗濯物、朝ごはんの洗いもの、付けっ放しのPC(仕事用)などなど。これ、もしも義母に見られたら…と自分の体とは全く別のところを心配している自分にあきれながらも、入院という最悪の事態になった場合にどうするか必死で考えていた。

少しでも検査に影響しないようにと、3回目のNTS検査は少し圧迫感のあるマタニティストッキングを自主的に脱いで行った。気持ちも追いつけて、深呼吸をしながら20分。

検査が終わり、暫くすると担当の先生がやってきて、だいぶ良くなってるから、薬飲んで家で安静にしてくださいね。でも、出張は行かないでください。と。

入院免れただけでも良かった。

会社には、最初の検査結果の段階で連絡を入れておいたので、キャンセル理由から理解してくれ、むしろ、本当に無理しないでゆっくり休んでね。PCなんてどうにでもなるからと。

もう一度外来で先生に会い、処方箋をもらって薬局までたどり着いた時には安堵の涙が出そうになった。 携帯の充電が2%しかなかったのと、朝ごはん以降何も口にしていなかったから、病院近くのパン屋さんのcafeスペースで携帯を充電しつつ、パンとミネラルウォーターを買って私も充電(本当はコーヒー飲みたかったけど、頭痛もあり、水分も欲していたので大人しく水)

ゆっくり、ゆっくり歩きながら家に向かい、途中、急いで退勤してきた夫とも駅で合流できそうだったので落ち合い、娘を見てくれているお友達の家にお礼のパンを買ってお迎えに。

長い一日。

迎えに行った娘は、夕飯まで食べさせてもらい、お友だちと楽しく遊んでいた。聞くと、一度もママを探したり、聞いたりしなかったと。心の中では、寂しかったのかもしれないし、私の妊娠の状況を理解しているはずなので、私に何かあったのかも?と怖くて聞けないでいたのか分からないけれど、普段感情を思いっきり表に出す彼女の違う一面を見た気がした。

余談だけど、点滴を打っていた場所は分娩待機室というところで、陣痛に耐えている妊婦さんがカーテンで仕切られたベッドで待機している場所。そして、その近くには分娩室。 私が点滴と検査を繰り返している約5時間の間に4回も赤ちゃんの産声を聞いた。 よくよく考えたら、生の産声を聞く機会ってそうそうない。お母さんの必死で痛みと闘っている声の後に響き渡る力強い大きな産声に、検査中の私も涙が出てきてしまって、そのタイミングでお腹が張ってしまった笑 

東京に行けなくなったことは悔しくて仕方ない。次の妊娠はないので、教訓ってほどではないけれど、無理をしないこととか、少しでも不安があるなら確認(今回は受診)、部屋はいつでもある程度片付けておくこと笑、何かあったときに助けてくれる人(家族や友人)がいることに気づけたから、結果オーライ。
無理やりこの話を締めた感があるけど、何はともあれ、入院が免れたことが何より。
日本行きは無くなったけど、落ち着いて、先生から許可が出れば、韓国国内の近場でどこかにゆっくり旅行にいきたい。

突然また寒くなった韓国。
いよいよ冬がそこまでやってきたようです。

# by sarahnok23 | 2019-11-08 10:30 | ★自分のこと★ | Comments(0)

日本出張

先週末に久しぶりに1人映画をしてきた。
観たのは 82年生まれ、キム・ジヨン

この映画についての感想とか、こみ上げてきた想いとか、韓国で結婚した同世代の女性として共感したことなどなど、書きたいことが溢れてきたのだけど、なかなかうまくまとまらないので、ちょっと置いといて。

この週末に仕事の用事で東京に1人で行くことになった。 産後はしばらくは無理なので、安定期のうちに会社に顔を出しておくために。
本来なら、直接行かずに済ませることも出来たのだけど、手間と時間がかかるので、私が直接行くことにしたのだ。業務で使っているPCがすこし古くなったので、新しいものに交換するために。

娘と夫を置いて行くのは昨年の今頃にもあったので、2人のことはさほど心配はしていないのだけど、今回は私が妊娠中ということもあり、夫が心配しているし、私自身も安定期もそろそろ終盤で、最近疲れやすかったり、お腹が急に大きくなり重かったり、ちょっと無理をすると張るようになってきているので、ちょっと緊張している。なので、念にには念を、お腹の張りも含めて、病院で問題ないか見てもらってから出発しようと思う。


せっかくだから、たったの一泊二日ではあるけれど、韓国に戻る日は最終便で日中は時間に余裕があるから、東京へ行くたびに必ず会っている友人(元同僚ですでに転職している)ランチでもと思っていたが、生憎サービス業の彼女はその週の週末は仕事とのことで会えそうにもない。残念。 もっと長く滞在できるなら会いたい人はまだいるけれど、週末は家族との時間かなと思うと声をかけることに躊躇してしまう。
ということで、今回は初日に仕事を済ませて、部長らと食事をする以外は予定を入れず気ままに過ごしてひっそりと韓国に戻ることにしようと思っている。

もう少し若くて、友人たちも独身だったら予定をこれでもかと言うくらい詰めていたかもしれない。

もう若くはないし、お腹も大きいし、韓国で家族も待っていることを考えると、欲もそれほど沸かず、ただただ、何事もなく無事に仕事を終えて家路につければそれだけでいいかなと。

唯一決めている予定は、初日の夜に1人になったら、ホテル近くのドンキホーテで韓国に持ち帰る食材や日用品を買い込むこと、それだけ。

早めにリムジンバスで成田へ向かい、そこでちょっと美味しいもの食べたり、書店をのぞいて、お茶しながら帰国便を待つ。そんなプランですごそう。悪くなさそうだ。
 
おそらく、産前はこれが最後の遠出となるだろうから、ちょっと寂しい1人帰国にはなるけど、楽しんできたいと思います。

# by sarahnok23 | 2019-11-06 18:29 | ★自分のこと★ | Comments(2)
■6月初旬〜8月(妊娠2ヶ月〜4ヶ月初期)■
検査薬での判定は陽性で妊娠がわかり、まず最初に報告したのは、夫ではなくて娘。数ヶ月前までは自分より小さな子を敬遠していた時期なので、弟が妹が欲しいか何度聞いてもいらないと答えていたのに、この頃の娘は、そこまで強くではないものの、周りに兄弟のいるお友達を見ていたからか、自分にも兄弟が欲しいと聞けばそう答えるようになっていた。ひとりっ子という言葉が絵本か何かに出てきた時に、あなたのように兄弟がいない子をひとりっ子と言うのよと説明して号泣したこともあったので、きっと、少しずつ家族とか兄弟の意味を理解し始めていたのかもしれない。
妊娠発覚時、計算しても週数はまだ5週目に入ったばかり。前回の妊娠は陽性反応が出たその日のうちに病院へ行ったものの、エコーにちょっと黒丸が写るくらいの赤ちゃんの部屋が見えただけで、結局は2週間後にもう一度行くことになったので、今回は前回の教訓を生かし、7週くらいに行くことにした。しかし、行きたい日に予約が取れず、結局8週近くに初診、心音確認、妊娠確定となった。
初診の日に血液検査や子宮頸がん検査などを済ませ、平日の動けそうな日には保健所に妊娠奨励金の申請やその他支給される葉酸をもらいに行ったり、銀行に検診費用などの支払いに使うカードを作りにも行った。 娘の時と比べて、国や自治体からの支援金やサービスが格段に良くなっていてびっくりした。少子化問題は韓国も深刻で、子どもを生みやすい環境作りのために、どんどん変わっている。しかもすごいスピードで。

さて、妊娠初期といえばツワリ。
娘の時は妊娠初期から中期の終わりまで、地下鉄で1時間弱の語学堂に毎日通っていた。通学や授業中は気が紛れるのかあまり影響はなかったけれど、英語でmorning sicknesseというように、毎朝気持ち悪くて目が覚め、朝ごはんを食べたら直後に吐くのが毎朝恒例だったのに対し、今回は吐くことはほとんどなかったものの、一日中具合が悪くて仕事や家事が手につかなくなるような感じだった。時折ひどくなる頭痛は必ずと言っていいほど、雨の降る前日に襲ってきた。当たらない韓国の天気予報よりよっぽど正確で、雨予報ではなかったのに、私の頭痛が酷かった次の日は本当に毎回雨が降った。 
この怠さと頭痛、さらに激しい眠気は夏の間続いた。

妊娠の報告は、毎日のように顔を合わせて親しくしている幼稚園のママたちには早い段階でしておいた。そのお陰で、私の体調が優れなくて娘を公園に連れて行けない日は(特に頭痛がひどい時)夕方まで一緒に見てくれ体を休めることができたので、今でも本当に感謝している。そして、同じ地域の日本人のママたちには会う機会がなくいまだに報告できていないのだけど、一部個人的に親しくしている友人にだけ会ったときに直接報告した。もちろん、両家の両親には友人たちよりは先に伝えた。夫の両親は、私たちがもう二人目を考えていないと思っていたようで、妊娠報告をしたらかなり驚いており、同時にとても喜んでくれた。

*****
私は今年で40になった。その誕生日を迎えた数日後に発覚した2人目の妊娠。

実は、自分の中では、40歳までに授からなければ2人目はもうスパッと諦めてるつもりでいた。最近、身近な友人や知人にも41歳、42歳で授かり出産した人もいるので、心底望むなら授かれるまで頑張ってみることも出来るんだという希望も持てたけど、一人でも、二人でも、自分が親になれたことには変わりないので、リミットを決めてコウノトリを待つことにした結果、39歳の終わりに私のお腹にやってきて、40歳になった直後に発覚するという奇跡が起きたのだった。 もしも、もしもこのタイミングで妊娠していなかったら、本当に諦められていたかは今となっては分からないし、考える必要ももうないけれど、ひつと言えるのは、自分よりも身近な家族が心から喜んでくれた姿を見て、決心して挑戦してみてよかったということ。
特に、娘が喜びながら「ママありがとう」と言ってくれたことが今でも忘れられない。

育児は一言では表せないくらい簡単なことではなくて、むしろ大変だ。へたれな私はその身体的な大変さだけでなく、心のバランスも崩してしまい、娘は何にも変えられないほど愛おしくて大切な存在ではあったからこそ、肩の力かを抜くことができず、育児を楽しいと思えない時期が長く続いた。 これが2人目を前向きに考えることに時間がこんなにかかったの理由の一つでもある。

現在は妊娠7ヶ月。安定期も残り1ヶ月。出産までは約3ヶ月ちょっと。



# by sarahnok23 | 2019-10-28 12:00 | ★妊婦生活 第二子★ | Comments(0)